研究の背景/ Background

目 的背 景研究計画
展 望研究組織

1)旧石器時代石器の形態研究の現状と課題

石器は、旧石器時代の人類史研究における重要な資料である。とくに日本列島では土壌環境の条件により有機質の資料が遺跡に残りにくく、研究の対象は石器・石製遺物にほぼ限定される。近年では使用痕や顕微鏡レベルの残滓の分析、原料素材の産地推定等、理化学的手法の導入や、製作や使用に関する復元実験研究も行われ、多様な視点からの石器研究が展開されている。また放射性炭素年代など理化学的数値年代測定法の積極的な導入と全国的な発掘調査の進展により、日本列島全域における後期旧石器時代石器群・文化の地域的年代的編成(編年)も進められた。その一方で、石器そのものに関する研究は停滞気味である。石器研究の基礎である形態と技術の分析は主として実測図にもとづくが、そこにあらたな技術・手法の導入がなかったからである。

2)三次元計測の石器研究への導入

石器は、他の考古学資料と同様、複雑な立体形状を有する。しかし従来の実測図は、紙という記録・出版媒体の制約から、立体的な資料を二次元変換・投影し、作図するほかなかった。もちろん断面図の描画、角度の記載などにより、平面投影図からでは取得できない属性情報を追加的に記録する努力も重ねられてきた。しかしそこには限界があり、石器形状については定性的言語的記載が多用され、結果として客観性や再現性は十分担保されてこなかった。

しかし近年の三次元計測技術の急速な発展と考古学資料への適用は、状況を打開する糸口を示している。レーザースキャナの遺物計測への導入は立体物としての石器の形状をそのまま記録することを可能にした。SfM/MVS(Structure from Motion/ Multi-View Stereo)の普及は、一般向けのデジタルカメラとコンピュータ、無償ないしは廉価なソフトウェアの組み合わせにより三次元計測の一般化を推進している。これらの新技術・手法は2000年代後半に急速に普及し、2010年頃から石器研究への応用例が学術論文や調査報告が見られるようになっている。

本研究の代表者は、2012年より研究協力者とともに、まず海外の旧石器時代石器群のレーザースキャナによる計測・記録を開始した(野口ほか2017)。限られた時間の中で多数の資料を計測するための効率化を第一の目的としたものであるが、同時に画像解析や連続断面図の作成など、三次元データだからこそできるあらたな分析方法にも強い関心を抱いたからである。

3)あらたな石器研究への展望

現在までのところ、石器の三次元計測は実測図を補うか、あるいはとって替わる記録・表現手段として採用される傾向が強い。三次元データを直接利用した分析研究は海外を含め、現状ではまだ少なく、おもな研究としては、石刃の湾曲(convexity)とねじれ(twist)を定量化し技術変化を論じたもの(Bretzke & Conard 2012)、石核の容積と表面積の減少(コア・リダクション)の度合いを剥離痕跡密度指数(SDI)として数値化し検討したもの(Clarkson 2013)、ハンドアックスの製作・変形過程をSDIおよび剥離面積指数(FAI)から検討したもの(Shipton & Clarkson 2015, Li et al. 2015)などがある。代表者は、日本列島の後期旧石器時代初頭の石斧について連続断面形状と重心位置、器体対称軸などから「斧」としての機能について検討し、また剥離面表面状態の画像解析から素材と製作過程の差異を予察した(野口ほか2015)。研究協力者(渡邊)は、Bretzke & Conard(2012)の視点を日本列島北部の石刃石器群に適用し、道具としての石器の素材の選択性について行動論的にアプローチすることを試みた(渡邊・佐藤2016)。

このように最新の研究は、三次元データが従来にない視点を石器研究にもたらす可能性を示している。同時に三次元データの蓄積と共有公開は、第三者による再検討、異なる視点からの検証を可能にする。これは資料分析を通じて提示される仮説や結論に対する手続き的再現性を担保し、石器研究を、反証可能性を有する科学的方法論に昇華することへと通じるものである。多量の資料の蓄積がある日本において本研究を実施することは、十分なバックデータと事例を有するものとして国内にとどまらず国際的にも大きな意義がある。

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